高地トレーニングによって得られる効果とは?最先端を行く新時代のトレーニング

マラソンのトップ選手の記事を目にすると、しばしば次のような言葉に出会います。

「高地トレーニングを行って、走りが変わりました」

この言葉、すんなりと受け入れるには難しいように思えます。

「山の上でトレーニングしただけで、そんなに違うのだろうか?」

このような疑問を持つ人も大勢いることでしょう。

今回は、謎に包まれた高地トレーニングの効果について解説し、持久力向上のために有効な高地での練習法を紹介していきます。

高地トレーニング=山登り?

高地トレーニングと聞くと、次のような誤解をしている人もいるようです。

「山登りで走りが変わってくるの?」

いえいえ、山登りではありません。

確かに、山登りでも持久力の向上は見込めますが、ここで取り上げている高地トレーニングとは別物です。

笑い話かもしれませんが、意外とこのような誤解をしている人は多く、また実際の高地トレーニングとはどのようなものなのか概要を把握できていない人もたくさんいます。

定義づけをするならば、高地トレーニングとは、「標高が高い低圧、低酸素、低温の環境下で行うトレーニング」のことです。

つまり、高地へと向かって走ることで能力の向上を目指すのではなく、能力の向上をより効率化するための環境の元で行う練習のことを高地トレーニングと呼びます。

 

高地トレーニングに最適な環境・日数

さて、先ほど「低圧、低酸素、低温」という3つのキーワードを挙げましたが、やみくもにこの3つを追い求めれば良いわけではありません。

一般的に、高地トレーニングに用いる上で最適な標高は、1,500m~3,000mの範囲だと言われています。

また、初めて高地トレーニングを実施する人や、身体のできあがっていない中高生は、環境への適応能力を考えて、1,000m~1,500mで行うのが良いでしょう。

これより高い標高でトレーニングを継続すると、人体に負荷がかかりすぎてしまうため、逆にパフォーマンスを低下させてしまいます。

そして、高地トレーニングをする上では、滞在する日数というのも重要になってきます。

高地トレーニングの最終的な目的としては、低地でのパフォーマンス向上を目指すところにあるので、効果が表れるもっとも短い日数を設定するのが理想です。

血中成分の大幅な変化を促したいのであれば、3週間以上の滞在が必要になるでしょう。

3~6週間の高地トレーニングは、実際に世界のトップレベルの選手も実施しており、近年は多くの選手が取り組むようになっています。

また、高校や大学の駅伝強豪校のような、学校の長期休暇を利用して高地トレーニングに取り組む場合は、10日~2週間を2~3回というパターンも多く用いられています。

このように複数回に分けることでも、トレーニング効果を得ることができるのです。

高地トレーニングのメリット

では、ここからは高地トレーニングがもたらしてくれる効果について説明をしていきます。

低地でのトレーニングでは得ることができない、高地特有の生体反応に注目です。

①赤血球・ヘモグロビン及び血液量の増加

赤血球は、ご存知の通り酸素を体内に運ぶ役割を担っている血液細胞です。

また、ヘモグロビンは赤血球の中に含まれているタンパク質で、酸素分子と結合する性質を持っています。

この2つによって体内に酸素が運ばれていくのですが、標高が高い場所では酸素濃度が薄いため、体内の酸素濃度も一時的に低下してしまいます。

体内の酸素濃度を表す指標として、「動脈血酸素飽和度(SpO2)」というものを用いることがありますが、低地での平常時が96~98%なのに対して、高地では約94%まで落ち込むことからも、体内の酸素濃度の低下が分かるでしょう。

さて、体内の酸素濃度が低下すると、人間の身体はそのような状況を脱するような適応を見せることになります。

そこで働くのが、腎臓で作られるエリスロポエチンです。

このエリスロポエチンは、赤血球を増やす作用を持っており、血中酸素濃度の低下で排出量が増加、それにより赤血球の量が増加することにつながっていくのです。

また、それと同時に、体内の酸素不足を察知して、より隅々まで酸素を運搬しようとして心臓の収縮力も増加します。

このように赤血球数の増加、そして心臓の収縮力の向上が相まって、体内への酸素運搬能力が向上、結果として持久力の向上が見られるのです。

しかし、この生体反応は短期間では表れず、少なくとも2週間以上は連続して高地トレーニングを行う必要があります。

1960年代から、日本体育協会によって高地トレーニングの研究は行われてきましたが、2週間の連続滞在の場合は赤血球・ヘモグロビン数の増加が早期から確認されていたのに対して、2000年に行われた研究では、短期的な高地トレーニングでは赤血球・ヘモグロビン数ともに変化がないことが分かっています。

劇的な身体の変化である分、簡単にはたどり着けない領域なのです。

②骨格筋の毛細血管の発達・ミオグロビン濃度の増加

酸素循環により我々はエネルギーを獲得しますが、それを利用するのは、運動の場合はほとんどが筋肉です。

そのため、運ばれてきた酸素をいかに効率よく筋肉で利用できるかがポイントだと言えるでしょう。

筋肉も体内の機関ですから、もちろん酸素をエネルギー源として活動を行っていきます。

しかし、長距離を走る場合には有酸素エネルギー系が働くため、安静時とは違い次々と酸素を筋肉へと運搬していかなければいけません。

その際、筋肉に張り巡らされた毛細血管の働きが重要になってきます。

毛細血管が隅々まで酸素を運んでくれるおかげで、私たちが長距離を走る際に筋肉が働いてくれるのです。

この毛細血管ですが、心臓の強いポンプ作用によって発達することがいくつもの研究によって明らかにされています。

高地トレーニングを行うと、前項でも述べたように心臓の収縮力が増加し、より力強い心臓の拍動が起こるので、毛細血管の活動も促進されるようになるのです。

また、体内の酸素不足の環境下で生きていくために、身体は酸素の運搬能力を改善させようとするだけではなく、酸素を貯蔵する能力も同時に高めようと働きます。

この作用により、筋肉中にある酸素を蓄える働きを持ったタンパク質、ミオグロビンの濃度も増加し、より多くの酸素を筋肉中に貯蔵できるようになるのです。

③ミトコンドリアの酸化系酵素活性・ミトコンドリア量の増加

体内の酸素不足の状態は、代謝に働く細胞小器官、ミトコンドリアにも影響を及ぼします。

通常の代謝を維持しようとして、ミトコンドリアの酸素利用能力が改善されて、より効率よくATPの産生が行われるようになるのです。

またそれだけではなく、ミトコンドリア自体の量を増やして、不測の事態に対応しようとします。

二段構えの備えが働いて、エネルギー産生能力が向上するのです。

④血中乳酸濃度生成の抑制

乳酸を生成するエネルギー系は、糖を利用する解糖系のエネルギー産生機構です。

この解糖系では、エネルギー産生速度が遅いと、糖がピルビン酸となって有酸素系のエネルギー産生機構へと回されますが、エネルギー産生速度が速いと乳酸となって体内に蓄えられます。

そして、この乳酸というのが厄介な代物で、蓄積しすぎると筋肉の収縮速度やパワーに影響を与え、パフォーマンスを低下させてしまう要因にもなるのです。

この血中に流れ出した乳酸を細胞膜やミトコンドリアの膜を通して運び、出し入れをする乳酸トランスポーター(MCT)というタンパク質の存在が、1990年代に確認されました。

乳酸トランスポーターの働きが、筋肉の酸化によるパフォーマンスの低下を防いでいるのです。

高地トレーニングでは、乳酸トランスポーターの働きが活発になり、血中乳酸濃度が低下することが確認されています。

つまり、身体が疲労を感じる運動強度が高くなり、スタミナアップへとつながっていくのです。

高地トレーニングを行う際の注意点

普段の練習とは異なる、厳しい環境の中で行う高地トレーニング。

その効果については繰り返し述べてきましたが、誤った強度で練習を行っていくと、かえってパフォーマンスの低下へとつながってしまいます。

トレーニングの恩恵を受けるためには、高地で行う運動の特性を知ることから始めましょう。

まず、原則として、高地で運動を行う場合は、平地で行う場合よりも身体にかかる負荷が大きくなります。

空気抵抗は高地の方が圧が低いため小さくなるのですが、酸素の量が平地よりも少ないため、エネルギーを生み出す元が通常時よりも不足しているからです。

そのため、高地トレーニング開始時は、持久系のメニュー、例えば運動時間が2分を超えるジョギングやインターバル走のパフォーマンスは低下します。

選手がこなすことのできる量や設定速度が平地よりも落ちるため、そのことを考慮してメニューを組み立てることが重要です。

逆に、運動時間が2分以下のスピード系のメニュー、例えばレペテイションの無酸素系エネルギー機構に絞ったトレーニングの場合は、空気抵抗の低下がプラスに転じ、パフォーマンスが向上します。

しかし、その分身体にかかる負荷も大きくなるので、本数をこなしていく場合は、レストの時間を平地よりも伸ばすなどして、対応を行っていきましょう。

高地トレーニングを開始して4~5日が経過すると、身体も順応を見せて、動きが良くなってきます。

メニューの消化率が改善され、余裕が出始めてきたら、平地での練習強度へと戻し、練習を消化した後の経過を見ましょう。

きっちりとこなして、練習後の身体の状態にも大きな異変がなければ、その後も平地と同様の強度で行っていくことが望ましいです。

メニューをこなせても、練習後の回復が著しく遅かったり、異変をきたすようであれば身体が無理をしている証拠なので、平地の強度での練習はオーバーワークへと繋がります。

自分の身体の状態を見極めて、臨機応変な対応を取ることが、何よりも重要なことなのです。

低地に戻った後は・・・

高地トレーニングを終え、「さあ、練習の成果を確認するぞ!」と多くの人が張り切ることでしょう。

しかし!はやる気持ちを抑えて、一旦落ちついて練習強度を少し落としましょう。

慣れない環境での練習を終え、身体は体感よりも大きなストレスを受けています。

また、大きくなった空気抵抗で、身体のだるさを感じることもあります。

そして、一番気を付けなくてはならないのが、過換気、つまり必要以上に呼吸をすることです。

これを防ぐために、すぐに心拍数の上がる強度の高い練習を再開するのではなく、完全休養やwalk、または軽めのジョギング等のリフレッシュを入れて、呼吸を整えていくようにしましょう。

そうすることで、その後の強度を上げた練習での過換気を防止することができ、練習の消化率や強度も上がっていきます。

高地トレーニング後のレース選びも重要なポイントです。

一般的には、低地での生活に適応する上で、気温の変化が最も時間がかかり身体への負荷も大きくなると言われています。

そのため、気温にパフォーマンスの影響を受けやすい10km以上のレースへの出場は慎重に考える必要があります。

日常生活への適応とメニュー強度の回復を考慮して、短くても高地トレーニングから2週間はレースまでの期間をあけましょう。

充実した環境で、走りを磨こう!

日本でもトレンドとなってきている高地トレーニング。

日本人が長距離種目で世界と戦うためには、この道しかないという声もあがるほど、魅力的なトレーニングなのです。

そういった認識の広まりから、日本でも高地トレーニングができる施設が次々と誕生しています。

参考:豊かな自然に彩られた蔵王高原坊平~蔵王坊平アスリートヴィレッジ~

参考:広島県猫山・道後山高原-高地トレーニング施設ガイド

こういった施設は、練習環境もさることながら、食事面でのサポートも充実しており、より質の高い練習を行うのに適しています。

また、宿泊料金も抑えられている施設が多く、プロでなくとも気軽に利用できる体制が整っています。

こういった恵まれた環境も利用しながらトレーニングを行えば、必ずあなたの走りにも大きな変化が訪れます。

久々にレースであったライバルたちにも、大きな差をつけることができるかもしれません。

大会で記録が伸びずに悩んでいたり、新たなトレーニングに挑戦したいと思っているランナーは、ぜひ一度挑戦してみてはいかがでしょうか?

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