動画のように床の上のバーベルを鎖骨の上に乗せる種目を、パワークリーンと言います。
もともと重量挙げ競技に含まれる一つの動作ですが、スポーツの重要な補強種目として陸上競技をはじめ野球、ラグビー、格闘技などさまざまな種目で実践されている種目です。
しかしパワークリーンは他の筋トレ種目より習得がやや難しいため、充分そのトレーニングの恩恵を受けられていない人が多いのが現状です。
そこで、これから数回にわけてパワークリーンの習得方法を紹介していきます。
なぜパワークリーンか
筋トレで付けた筋肉は使えないという言葉を、いまだに耳にします。
未曾有のフィットネスブームで、街には毎月のようにフィットネスジムがオープンしています。
老若男女、多くの人達が筋トレに励むようになり、すばらしいスタイルを強調するようなファッションで街を歩いている人も多く見かけるようになりました。
SNSには自撮り画像があふれ、筋トレ愛好家たちが互いに称賛し合って楽しんでいる様が伝わってきます。
筋トレで筋肉をつけることは美容に良いだけでなく、力が強くなっていくという大きな魅力があります。
街ジムにも、力自慢の人が多く見られるようになりました。
街ジムでスクワット200kgを挙げる筋トレ愛好家など今や珍しくもありません。
ところで、ここで一つ質問があります。
スクワット200kgを挙げられる人達は、パワーが強いと言えるでしょうか。
実はこの場合、筋力が強いとは言えてもパワーが強いとは言い切れないのです。
速度の要素が不明だからです。
たとえば、パンチを例に出します。
すごい力でゆっくり押し込まれてもパワーのあるパンチとは言えません。
軽くて速いパンチを受けてもパワーは感じません。
速さと重さの相乗されたパンチを食らってはじめて、「ああ、パワーのあるパンチだ」と感じるものです。
ガード越しにもらっても、思わず腰が落ちてしまうような威力のあるもの。
このように力に速度を乗じたものがパワーです。
速度を伴った力感を目にしたとき、私達はパワーの存在を感じます。
パワークリーンとはその名のとおり、バーベルをパワフルに、爆発的に挙げる種目です。
パワークリーンは走ったり投げたりといったスポーツ動作における力発揮において有効であるだけでなく、普段の私達の生活にも役立ちます。
重い段ボール箱を持ち上げたり、新幹線のホームを小走りで上がったり、雪かきをしたりとパワーを使う局面は意外と多いものです。
普通の筋トレだけやりこんでいると、こうした速度の絡んだ力発揮が苦手になっていたりします。
引っ越し作業ですぐにバテたとか、レクレーションのスポーツ大会で動けなかったとか、ベテラントレーニーほど思い当たる経験があるはずです。
パワークリーンをやると、パワーが向上するだけでなく、りきみ癖が減って力の使い方もうまくなります。
使えない筋肉なんて言わせないためにも、普通の筋トレの弱点を補えるパワークリーンをやっておいて損はありません。
パワークリーンの練習場所
パワークリーンを行う上で一番むずかしいのは、練習場所の確保かもしれません。
パワークリーンはバーベルを高速で扱いますし、時には落としてしまうこともあります。
ですので、可能なら専用の設備で練習できるのが理想的です。
写真の木の床はプラットフォームとよばれる、バーベルを落とせるように造られた床です。
バーベルセットに関しても床に落としても良いように造られた専用品で行う事が推奨されます。
ですが、写真のバーベルセットは落とせるように造られたものではありませんので、落とすと簡単に壊れます。
弁償となれば10万円以上を請求されかねません。
実際のところ、プラットフォームを備えたジムもほとんど存在しないのが現状です。
ですのでパワークリーンの練習を普通のジムで行うときは、バーベルを投げ落とさないように注意しながら行ってください。
また落とせる場所であっても、こうした専門的なトレーニング種目を知らない施設管理者や一般利用者は騒音や振動に驚くことがよくあります。
日頃通っていた練習場に、ある日突然練習禁止の張り紙をされてしまうことも珍しくありません。
トレーニングをする時は、練習の意味を理解したうえで、周囲の一般の人とも上手くやりながら練習してください。
最初からハードルが高くて気が滅入りそうなところですが、それでもなお行なう意味のあるのがパワークリーンです。
いろいろな難しさはありますが、諦めずがんばりましょう。
パワークリーンの準備
服装
Tシャツと、スネを露出しないジャージを着用しましょう。
タンクトップは汗でシャフトが滑りやすくなる可能性があります。
ショートパンツだと、スネをシャフトで削って出血することがあります。
ともに安全面・衛生面を考えると避けるべき服装でしょう。
またジャージの素材はスウェット素材ではなく、ポリエステル素材のものを使ったほうが引っかかり感がなく、ストレスのない練習ができます。
シューズ
靴はリフティングシューズという専用品があれば便利ですが、安いものでも1万円以上します。
靴底がフラットで硬いシューズ(フットサル用やラケットスポーツ用)でも充分行えます。
ただし靴底の柔らかく、つま先の反りが大きいランニングシューズは避けましょう。
ベルトなど
ベルト、ストラップなどは初めから揃える必要はありません。
基本技術が体に入り、使用重量がどんどん増えてきたあたりで何か試してみる流れで充分です。
腰の保護にベルトを使いたいという場合は、分厚いパワーリフティング用のものでなく、前の部分が背当てより細くなった一般用のものを用意してください。
あと爪切りとテーピングはバッグに入れておきましょう。
手にマメができやすく、練習中につぶれることがよくあります。
つぶれる前に爪切りでこまめにメンテナンスしておき、潰れたらテーピングで保護しましょう。
握りから構えまで
パワークリーンは、最初に全体像をつかんでから細部を煮詰めていったほうが、効率的かつ短期間で習得できます。
これまで指導したスポーツ選手の多くは、45~60分で基本的なフォームを習得できています。
これから紹介する方法で雰囲気をつかんで、あとはディテールを磨いていってください。
バーベルの握りかた
クリーンでは、フックグリップという特殊なバーベルの握り方を用います。
下の写真のように、まず親指をバーベルに添わせます。
次に親指を包み込むように深くシャフトを握り込みます。
フックグリップの特徴は、通常より強いグリップ力を発揮できるところにあります。
クリーンは高重量を用いて爆発的な動作を行いますので、普通の握りかたではバーベルが保持できません。
そのためストラップやパワーグリップといった握力補助具を使う人が多いのですが、それではシャフトと手のひらの密着感が薄くなります。
細やかなバーベルコントロールを行う妨げになりますので、フックグリップを習得しましょう。
最初は痛みや違和感を感じますが、練習を重ねていくと気にならなくなります。
立ち方
立つ位置は、シャフトの真下に親指の付け根(拇指球)が位置するところです。
足幅は、垂直跳びをしやすい足幅を基本にしましょう。
垂直跳びをするとき、足を肩幅より広く構える人はあまりいないと思います。
つま先は心もち外を向くように。
構え
パワークリーンのデッドリフトは、腰を深く落として構えます。
一般のデッドリフトの姿勢より、かなり腰の位置が低いことがお分かりでしょうか。
理由は2つあります。
ひとつめ。
普通のデッドリフトであれば、多少腰が曲がろうが、鼠径部までバーベルを引き上げてしまえばそこで終わりです。
ですので腰高なフォームを取って足を最初から伸ばし気味で固定してしまい、腰と尻だけ使って挙げるほうが楽に高重量を引けます。
しかしパワークリーンでは、鼠径部(下腹部あたり)まで持ってきたバーベルをさらに鎖骨の上までジャンプの勢いを使って跳ね上げないといけないのです。
普通のデッドリフトのフォームだと、鼠径部にバーベルが来た段階で膝はほぼ伸び切ってしまいます。
ためしに、膝を伸ばしきった状態からジャンプしてみてください。できないはずです。
ふたつめ。
前のめりにならないよう、胸をしっかり起こしたままバーベルを引くためです。
前のめりになれば、バーベルは体の重心から離れてしまいます。
バーベルは体の重心から離れれば離れるほど重くなっていきます。
「前ならえ」の姿勢で50kgのバーベルを保持するのは困難ですが、体の前にぶら下げておくだけなら2倍の100kgでも、どうということはありません。
普通のデッドリフトでは、腰が高くなるぶん上半身の前傾が深くなるため、バーベルが体の重心から離れやすくなります。
それでも動作のゴールは鼠径部ですから何とかなるでしょう。
けれどもパワークリーンのデッドリフトは鼠径部より上に運ぶための準備動作にすぎず、ゴールはそのはるか上、鎖骨にあります。
普通のデッドリフトのパフォーマンスが、パワークリーンのデッドリフトにそのまま援用されることは期待できません。
別な種目のつもりで取り組みましょう。
改めて見比べてください。だいぶ差があるのが分かると思います。
1 ファーストプル
パワークリーンのデッドリフトのことをファーストプルと言います。
床のバーベルを鼠径部周辺まで引き上げてくる動作のことです。
まず腰を深く落として構えます。
肩をしっかり後ろに引き、胸を張るようにして構えるようにしましょう。
視線は正面から、やや上のあたりの位置で固定します。
頭は前に落とさず、心もち頭ごと後ろに引いておきます。なぜなら頭の重さは約5kgあるためです。
それが肩より前にあると、バーベルを引き上げるとき頭の重さまで腰に乗せる羽目になります。
さて、その構えを決めたらそのまま立つ。状態の前傾角度を一定のまま立っていくことが重要です。
腰で引き上げるのではなく、足で床を押し込む感覚です。
重心は土踏まずに置いたところを基本としましょう。
そしてバーベルを戻すときも、挙げたフォームを逆再生するような感覚で丁寧に戻していきます。
体型や筋力、技術等でこの位置は前後することはありますが、最初は土踏まずで基本動作を作りましょう。
最初は構えるだけで苦しい姿勢ですが、これができないと以後の動作全てに癖が付き、上達を妨げてしまいます。
そして引き始め、どうしても腰が浮いて前傾が強まってしまうのは足が弱いか柔軟性が充分でない証拠です。
その場合はパワークリーンより前に、次の動画を参考にフルボトムスクワットの習得を目指してください。
フルボトムスクワットは、筋力と柔軟性を同時に高めていくことのできる優れたトレーニング種目です。
動画を参考に、上体が前に倒れ込まないよう注意しながら深くしゃがんでいくことを意識してください。
2 ハングポジション
膝のやや下でバーを保持する姿勢をハングポジションと言います。
このフォームは、パワークリーンの習得において非常に重要なものです。
注意点は以下の通りです。
・ 肩の位置がつま先より前に出ていること
・ 肩甲骨をしっかり寄せ、肩が前に落ちないようにすること
・ 背中をまっすぐに保つこと
・ 視線を定めること
・ シャフトを体から離さないこと(肩甲骨を寄せておく)
なぜこの姿勢が重要かというと、バーベルの重りに耐えながら、直後にジャンプを控えた局面だからです。
ジャンプのとき、私達は体を前に倒しながらしゃがみ込みます。
パワークリーンでは、それをバーベルを体の前にぶら下げた状態でおこないます。
ここが崩れると、バーベルが前に持っていかれてジャンプできなくなってしまうのです。
実際のパワークリーンでは一瞬で通過してしまう局面ですが、これができないと動作が成り立ちません。
しっかりとこの姿勢を出せるように練習を重ね、体に記憶させてください。
3 ハング・ジャンプ・シュラッグ
床のバーベルを鼠径部に運ぶ動作をファーストプルと言いました。
鼠径部から鎖骨の上までバーベルを持っていく動作をセカンドプルと呼びます。
バーベルを鎖骨の上まで引っ張り上げる動力源は、腕力ではなく、ジャンプする勢いを用います。
上の動画はハング・ジャンプ・シュラッグの動作です。
少し前傾した構え(ハング・ポジション)から跳ぶように体を伸び上がらせ(ジャンプ)、浮いたタイミングに合わせて肩をすくめる(シュラッグ)。
膝の上にバーベルを構え、そこから伸び上がる勢いを借りてバーベルをフワッと浮かせます。
腕力でなく肩をすくめる力で、浮く勢いを加勢する。その感覚を掴むための練習種目です。
腕で引こうとしないことを念頭に置き、実施してください。
まとめ
続きは次回にご紹介します。
最後に、上に挙げた種目はフォームづくりが狙いですので重さやセット数などにこだわる必要はありません。
最初は木の棒でも構わないので、力まずに感覚を探ってみてください。