ランニングやマラソンに強い関心がある人なら、「乳酸」というワードは耳にしたことがあると思います。
昔は、足が重くなる、身体がだるくなる原因は乳酸にあるという認識から、「乳酸=疲労」というつながりが広まっていましたが、近年では乳酸がエネルギー源であるという認識も次第に普及しています。
しかし、誤った認識は存在しており、未だにスポーツ現場で旧来の理論で指導が行われている場面もあるそうです。
そこで今回は、徐々にその正体について明らかになってきた乳酸についてもう一度よく考え、乳酸を上手に使ったトレーニングについて考えていきます。
新しい見識を取り入れながら、自分のトレーニングに応用できるようにすることが目標です。
そもそも乳酸とは?
乳酸を考える上で絶対に外せないキーワードは、糖です。
乳酸は、糖を利用する経路の途中でできるものであることは基本中の基本で、乳酸ができるということは、運動のエネルギー源として脂肪ではなく糖が使われていることを表します。
そして、この乳酸もエネルギー源として利用できることが大切なポイントで、今後の解説でも重要になるのですが、なぜ従来の「乳酸=疲労物質」説が広まったのでしょうか?
酸の生成が過大評価されていた
乳酸は、文字通り酸です。
酸であるため、体内に多量に蓄積されると、中性に保たれている体内も少しずつ酸性に変化していきます。
ただし、体内には酸性に変化することを防ぐシステムも備えられていますから、酸性になるといっても微々たるものです。
通常時のpHが7.4、それがpH6.5程度まで落ちる程度で、血液はpH7.0より下がることはありません。
これまでは、この「体内が弱酸性になる」視点が取り上げられて疲労の説明がなされてきました。
そして、あまりにも「乳酸=酸性」という点がフォーカスされ、「乳酸がたまる」ことが疲労に繋がるという認識が広まったのです。
しかし、実際には乳酸が疲労を起こす素であるとは言えません。
それどころか、乳酸は疲労時の筋の力を高めるような働きを持つことも報告されています。
乳酸が疲労を起こすのではなく、疲労を防ぐために乳酸ができているのです。
筋グリコーゲンと乳酸
肝臓には500kcal、筋肉には1500kcal程度の筋グリコーゲンが貯蔵されています。
肝臓のグリコーゲンはグルコースになって血液中に出ることができる一方、筋肉のグリコーゲンは血液中に出ることはありません。
食事をして血糖値が上がると、筋肉にグリコーゲンが蓄えられて血糖値が下がります。
反対に、血糖値が下がった時は肝グリコーゲンが分解されてグルコースができ、血糖値が上がります。
このように、血糖値の調整には筋肉と肝臓が両方ともに作用していますが、血糖値を上げることに関しては肝グリコーゲンが貢献しているようです。
筋グリコーゲンは、血糖値に維持というよりはエネルギー源として利用されていると認識して良いでしょう。
そして、この筋グリコーゲンが分解されることによって乳酸が作られることになります。
筋グリコーゲンの分解が高まる、すなわち乳酸の産生量が増えるタイミングは2つあり、1つ目が運動開始直後、2つ目が運動強度が急に上がった時です。
運動開始時は、ATP(アデノシン三リン酸)が分解されてエネルギーを生み出しますが、その際にできるADPやリン酸に筋グリコーゲンの分解を高める作用があるため、乳酸も多く作られることになります。
無酸素運動を行う際に乳酸ができると認識されている方も多いと思いますが、実際は酸素摂取に関係なく乳酸は作られているのです。
乳酸の作られ方と使われ方
筋肉や肝臓にはグリコーゲンという形で糖が貯蔵されていることはさきほど確認しました。
ここからは、乳酸の産生、そして利用について考えていきます。
乳酸は最終の代謝物ではなく、あくまで中間物です。
そのように理解すると、乳酸が作られることに加えて、どのように利用されるのかについても注目することができます。
乳酸の酸化
運動の開始直後や急な運動強度の上昇によって乳酸が作られることを確認しました。
その乳酸はどのようにして酸化されるのでしょうか?
キーワードとなるのが、「ピルビン酸」と「ミトコンドリア」です。
グリコーゲンが分解されると乳酸ができると言いましたが、厳密には少し違います。
乳酸もできるのですが、ピルビン酸も同時に作られるのです。
ミトコンドリアではこのピルビン酸を酸化するために、MCTというトランスポーター、いわゆる関門を設けています。
この関門をピルビン酸の状態で通過させることと、ミトコンドリアの外にある乳酸脱水素酵素を用いてピルビン酸を乳酸に変化させることを天秤にかけた場合、後者の方が容易なので乳酸が作られやすいのです。
乳酸は乳酸の形で酸化されることはありません。
作られた乳酸がもう一度ピルビン酸になってミトコンドリアに取り込まれることを「乳酸が酸化する」というのです。
ピルビン酸が直接酸化されずに乳酸への変化を経由することは一見無駄な回り道をしているように思えますが、実は大切な過程です。
乳酸に変化することで、筋繊維や組織の仲を取り持っています。
乳酸を酸化しやすい組織
筋繊維には、「速筋繊維」と「遅筋繊維」があります。
速筋繊維は、ダッシュやジャンプなど爆発的な動きをする際に重要な筋繊維である一方、遅筋繊維は長距離走などの持久的な運動をする際に重要な筋繊維です。
この2つの筋繊維は特徴が大きく異なります。
速筋繊維は、ミトコンドリアの数は多くありませんが、グリコーゲンを多く貯蔵しています。
そのため、運動によって乳酸が多くできますが、できた乳酸は血液中に出て全身に広がるのです。
対して、遅筋繊維や、心臓にある心筋はミトコンドリアの量が多く、乳酸をピルビン酸にする酵素も多く存在しています。
ここで、全体を考えてみましょう。
速筋繊維でグリコーゲンから乳酸が作られると、それが血中に排出され、遅筋繊維や心筋で乳酸がピルビン酸になり酸化されると考えるのが自然です。
加えて、最近では脳でも乳酸を使うことが明らかになってきました。
脳には星状細胞という細胞があり、グリコーゲンを貯蔵しています。
そして、この細胞がグリコーゲンから乳酸を作ってエネルギー源として脳に供給しています。
乳酸は脳にとってもエネルギーとなるのです。
血中乳酸濃度
疲労の程度を見る際に長く指標とされてきたのが、血中乳酸濃度です。
特に、運動中に血中乳酸濃度が高まると運動終了まで下がらないと思われがちですが、実際は違います。
先ほどから繰り返し述べているように、ミトコンドリアで酸化されますから、運動中でも乳酸は酸化されて血中乳酸濃度も下がることになるのです。
このことから、血中乳酸濃度を考えるときは、乳酸の産生量と除去量をセットで考えることが重要なのが分かります。
トレーニングの内容を考える際にも、乳酸が産生されるメニューと、利用されるメニューを把握しておきましょう。
詳細は次項で説明します。
乳酸を生かしたトレーニング
スポーツトレーニングでは乳酸の扱い方を正しく理解しておくことが、パフォーマンスの向上に直結します。
特に、長距離系の種目では、後半のスタミナに関わってきます。
必ず行っておきたい種類のトレーニングです。
ジョギングでミトコンドリアを増やす!
有酸素運動では脂肪の利用割合が高くなり、糖からのエネルギー供給が低下します。
加えて、遅筋が多く動員されることでミトコンドリアが活発に活動し、血中の乳酸の多くがエネルギーとして利用されるようになります。
激しいトレーニングを行った後にクールダウンとして緩やかな運動を行うのはこのためです。
そして、乳酸利用のキーワードであるミトコンドリアを増やすために最も有効なのが、ジョギングです。
ペース設定が大切で、速くても息がわずかにあがる程度、基本は誰かと話をしながらゆっくりと走り続けることができるスピードにしましょう。
週に3~4回、最初は30分を目安にしてトレーニングを続けていくと、少しずつ効果が表れてきます。
上級者に有効なインターバルトレーニング
ジョギングがある程度できるようになると、トレーニングが単調になるかつ、効果も薄れてきます。
そのような段階まで成長できたら、速い動きと遅い動きを交互に行うインターバルトレーニングに取り組んでみましょう。
一番分かりやすいのが走って行うインターバルトレーニングで、息があがる程度のスピードで200m~1,000m走ったのち、間をゆったりとしたジョギングでつなぐサイクルを1回の走行距離に応じた本数で行います。
目安としては、疾走区間と緩走区間の時間の割合が1:1になるように調節しましょう。
走り以外では、高負荷の運動と低負荷の運動を繰り返すHIITトレーニングが有効です。
こちらは以前の記事で詳しく紹介していますので、ぜひ参考にしてください。
ミトコンドリアの質を上げるLTトレーニング
ミトコンドリアの量を増やすことに加えて、血中乳酸濃度を上手く利用したLTトレーニングがおすすめです。
LTはLactate Threshold の略で、血中乳酸濃度が急激に上昇し始めるポイントのことを指します。
この付近の強度でトレーニングを行うと、体内の代謝機構が有酸素運動へとシフトしていき、高い負荷におけるミトコンドリアの働きを高める効果が期待できます。
長距離走ではよく用いられており、自分の体力レベルに応じたペース設定が重要です。
以下のツールを用いて、自分のLT強度を知りましょう。
トレーニングの詳細も、以下に紹介していますので参考にしてください。
最新の情報を仕入れ、適切な運動を!
今回は乳酸について解説を進めていきました。
世界ではさまざまな研究が行われており、次々と新たな見解が示されています。
トレーニングを行うにあたっても、正しい情報をきちんと確かめることが、成果を挙げるための手段になります。
今回は乳酸を例に挙げましたが、他にも昔から何となく残っている非科学的な情報は山ほど存在しています。
常に周りの情報に気を配り、トレーニングのヒントを得ていきましょう!