持久力を決める大切な要素として、呼吸能力向上を上げることができます。
激しい運動をするためには多くの酸素を取り入れて循環器系の働きを活発にし、必要なエネルギーを生み出す必要があるからです。
そこで今回は、呼吸の際に働く筋肉、通称「呼吸筋」についての解説を行っていきたいと思います。
意外なことに、呼吸筋は持久系スポーツでは重要であるのにも関わらず、その実態は広く知られていないのが現状です。
新たな知識を手に入れて、自分の身体をワンランク上のステージまで高めていきましょう。
呼吸のメカニズム
まず最初に、呼吸のメカニズムについて知ることから始めましょう。
呼吸を行う際に、身体の中ではどのような動きが起こるのか皆さんは想像することができるでしょうか?
息をするために必要な臓器として肺が人間の身体には備わっており、肺自体が伸びたり縮んだりすることによって空気のやり取りを行っていると思う方も多いと思います。
しかし、実際はそうではありません。
あくまで、肺は受動的に収縮を行って、結果として呼吸が行われているだけなのです。
分かりにくいので言葉を変えると、肺を収容している胸郭の容積が変化することで、肺はその影響を受けて収縮を行うことになります。
胸郭の容積を変化させる方法は2種類あり、胸式呼吸と腹式呼吸に分けられます。
胸式呼吸は、肋骨を覆っている外肋間筋が収縮することで胸郭が持ち上がって前後左右に拡大し、肺が伸ばされて息を吸い込む呼吸法です。
反対に、外肋間筋が弛緩すると胸郭が狭まり、息を吐きだすことができるのです。
それに対して、腹式呼吸は胸腔と腹腔の境目にある横隔膜が収縮してドーム状の膜が下に降りて、胸郭が上下に拡大することで息を吸い込む呼吸法です。
この呼吸法も、横隔膜が弛緩することで息を吐きだすことができます。
この2種類の呼吸法ですが、スポーツを行う際は、腹式呼吸を推奨されることが多いです。
というのも、腹式呼吸で正しい横隔膜の動かし方をマスターすることができれば、胸式呼吸の場合よりも約200cc程多くの空気を一度に吸い込むことができるからです。
スポーツ場面では多くの酸素を身体が必要とするので、腹式呼吸を日頃からできるようにすると良いでしょう。
しかし、胸式呼吸が悪いわけではありません。
胸式呼吸には、交感神経を刺激して頭をすっきりとさせたり、筋肉に適度な緊張を与える効果があります。
深呼吸は胸式呼吸ですので、胸を膨らませるようにして行うと、より効果を得ることができるでしょう。
横隔膜は筋肉!
さて、ここからは腹式呼吸を行う際に重要な役割を果たす、横隔膜についての解説を行っていきましょう。
膜という言葉がついているので薄くてもろい印象を受けますが、実際はれっきとした筋肉で、収縮や弛緩を行います。
呼吸はこの横隔膜によって行われているといっても過言ではなく、ドーム状になっている筋肉が上下に動くことで呼吸が行われているのです。
しゃっくり(吃逆)は、横隔膜が痙攣することで起こる現象であり、このことからも横隔膜は自分の意思で動かすことのできる随意筋であることが分かるでしょう。
つまり、横隔膜を動かす方法は訓練することで鍛えることができるのです。
横隔膜のストレッチ
まずは、横隔膜のストレッチ法から学んでいきましょう。
横隔膜をストレッチすると、副交感神経が活発になりリラックス効果を得ることができます。
簡単に行うことができるので、自宅でも気軽に取り組めるのがメリットです。
1:床に正座をして座る
2:2~3回程度腹式呼吸で息を吸い込む
3:息を全て吐き出していく ⇒身体を前に倒してうずくまるような大勢を取りながら、息を出来る限り吐き出す
4:身体を戻していき、お腹を吸い込むようにして凹ませていく ⇒背筋はしっかりと伸ばしておく
横隔膜のトレーニング
次に、横隔膜のトレーニング法を学びましょう。
横隔膜を鍛えることで、一回の呼吸で吸い込むことができる空気の量を増やすことができます。
スポーツ場面では無意識に行いたい腹式呼吸。
上手に行うことができれば、パフォーマンスの向上にも期待ができますね!
1:両手を腰骨の上(下腹部)に置く
2:下腹部を大きく膨らませるようにして、息を吸っていく ⇒5~10秒かけて行い横隔膜を収縮させておく
3:口から息を全て吐き出す
4:10~20回繰り返して行っていく
ストレッチを行った後にトレーニングに取り組むことで、横隔膜の可動域を広げてより大きなトレーニング効果を期待することができます。
横隔膜も筋肉であるため、トレーニングの原則である過負荷の原則が適応できるので、慣れてきたら徐々に負荷を上げていきましょう。
過負荷の原則・・・トレーニングを継続して行う際には、少しずつ強度を増加させなければいけないという原則
負荷を上げる方法としては、下腹部に置いた両手でお腹を押すようにする方法があります。
その際は、呼吸のタイミングと合わせて行って、強い刺激を与えるように心がけましょう。
日頃から腹式呼吸の負荷を上げることで、激しい動きが求められる運動場面に活かすことができます。
体幹を鍛えて呼吸を楽にしよう!
次に、理想的な呼吸を行うために欠かせない体幹部について解説を行います。
皆さんは体幹という言葉を聞くと、身体のどの部位を連想しますか?
体幹という言葉は2つの意味を持っており、広い意味では身体の胴体のことを指しますが、意味を絞った場合は胴体の深層部の4つの筋肉のことをいいます。
その4つの筋肉は、先ほども登場した横隔膜、腹横筋、多裂筋、そして骨盤底筋群です。
この4つの筋はまとめてインナーユニットとも呼ばれており、近年では数多くのアスリートが注目してトレーニングを行っています。
では、なぜ彼らはインナーユニットを鍛えるのでしょうか?
答えはずばり、インナーユニットを鍛えることが理想的な姿勢の保持に繋がるからです。
きれいな姿勢を保持することは、身体へのダメージを減らしてけがの防止に貢献したり、コンタクトスポーツでは当たり負けしない身体になったりと数多くの恩恵を得ることができますが、呼吸の面でも良い効果が発揮されます。
試しに、猫背の姿勢や背中を反らせて何回か呼吸を行ってみましょう。
やってみると、まっすぐな姿勢の時よりも呼吸を行いにくいことが分かると思います。
これは、肋骨(外肋間筋)や横隔膜の可動域が制限されて、胸郭が開きにくい状態が生まれるからです。
スポーツ場面を例に挙げて考えてみると、長距離走を行って後半に息が苦しくなると、背中が曲がって姿勢が崩れてきますね。
これは、身体が何とかして体内に酸素を取り込もうともがいている反応であり、なりふり構わずにエネルギーを得ようとしている状態です。
これではきれいなランニングフォームからはかけ離れ、走りの推進力が落ちています。
体幹が強いと、その分身体を支えて胸郭が広い状態を保ち、呼吸量を減らさなくて済みます。
つまり、体幹部を強化することで、高強度の運動でも安定した呼吸を行うことができるようになるのです。
ドローインの落とし穴
インナーユニットを鍛えるトレーニングとして、ドローインという言葉を聞いたことがある人も多いのではないのでしょうか?
簡潔に説明をすると、ドローインはインナーユニットを意識しながらお腹を凹ませていくトレーニングのことで、お尻の穴を締めるような意識で行うことにより、より深層部の筋肉を動員することができます。
スポーツの世界ではすっかりおなじみのドローインですが、トレーニング目的にそぐわないのにも関わらず推奨されることもしばしばあります。
例えば、ドローインを用いた体幹トレーニングとしては、両手の上腕を床につけてつま先で立ち、身体を一直線に保つプランクが広く行われています。
体幹を鍛えることができるということで幅広いスポーツで用いられていますが、そもそもこのトレーニングの目的は横からの衝撃に耐えることができる身体を作ることです。
つまり、サッカーやラグビーのようなコンタクトスポーツで有効なスキルを高めるトレーニングなのです。
しかし、体幹が大切だという言葉が1人歩きしてしまい、陸上競技、特に長距離走の能力向上のためにプランクが必要以上に行われる場面も見られます。
一見体幹を鍛えているのだから効果的なトレーニングに思えますが、考えてみると、長距離走で横からの衝撃が加わる場面は多いでしょうか?
走りの動作を考えてみると、横への動きよりは上下の動きの場面が多く、体幹部を固めるトレーニングよりは、身体を動かす中での体幹の安定が必要であることが分かるのです。
ドローインは大切なスキルで、マスターするに越したことはありません。
しかし、トレーニングを行う場合は、どのような場面・用途でドローインで得られる効果を発揮したいのかを見極めて、トレーニング内容を考えていく必要があります。
誤ったトレーニングの目的を選択してしまっては、かえってパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまう危険性も潜んでいるのです。
長距離ランナーにおすすめの体幹トレーニング3選
動きの中での体幹の安定が必要な長距離走。
楽な呼吸に貢献する体幹を手に入れるためのメニューを3つ紹介していきます。
①骨盤歩き
1:両足を伸ばして地面に座る
2:お尻・骨盤部分から左右を交互に動かして前へと進んでいく
インナーユニットの使い方を学ぶことができるトレーニングです。
足で走るのではなく、骨盤を動かして走る感覚を身に着けるためにはもってこいのメニューとなっています。
慣れてきたらスピードアップをして、速い動作を身体に染みこませましょう。
②ニートゥーエルボー
1:まっすぐな姿勢で立つ
2:右肘と左膝、左肘と右膝を近づける動作を30秒間交互に繰り返す
腹部を中心に体幹全体を鍛えることができるトレーニングです。
動きの中での腹部への刺激を感じながら、上体がぶれないように気をつけて行いましょう。
膝は常に腰より高い位置に持ってくるようにすると、より高い重心での安定性を高めることができます。
ウォームアップで腰高を意識したい場合にも取り組むとよいでしょう。
③フロントレッグレイズ
1:仰向けになり、頭とお尻を少し浮かせる
2:足を伸ばしたまま、上肢と下肢が90°になるまで引き上げる
3:足を勢いよく振り下げ、地面につかないギリギリのところで静止する
4:1~3を20回程度繰り返し行う
下腹部を鍛える代表的なトレーニングです。
腹部を常に緊張させておかなければ行うことができないため、かなり強度は高いメニューだといえるでしょう。
その分効果は絶大で、腹圧を高める能力を大幅に向上させることができます。
足を地面に振り下げる動作を、走りの際に足を前へと振り出す動作につなげる意識を強く持ちましょう。
泳ぐだけで体幹強化!
最後に、お手軽な呼吸筋のトレーニングとして水泳を挙げたいと思います。
手軽な呼吸筋のトレーニングとして、水泳の右に出るものはありません。
その理由は、泳ぐだけで勝手に呼吸筋が鍛えられるからです。
クロールで顔を水につけながら泳ぐと、水の中では空気を得ることができずに呼吸が制限されます。
しかし、酸素が不足したままでは運動の継続はできません。
そこで、人間の身体は無意識のうちに努力呼吸を行い、より多くの酸素を求めるようになります。
このときに、呼吸筋が活発に働くので、陸地での運動よりも呼吸筋の利用が増えて鍛えることができるのです。
運動強度を上げる必要なく、呼吸筋を鍛えることができるため、喘息の子供や過度に心拍数を上げることができない高齢者にも、水泳での呼吸筋の強化は推奨されています。
もちろん、持久系の種目でのトレーニングにも非常に有効であるので、ぜひ取り入れてみて下さい!
隙間時間で呼吸筋を鍛える!
今回は呼吸筋についての解説を、体幹についての解説と交えながら行ってきました。
キーワードとして挙がっていたインナーユニットを鍛える時間は、私たちの生活シーンの中にもたくさん潜んでいます。
例えば、食器を洗いながらドローインを意識してみたり、テレビを見ながらリビングで骨盤歩きを行ったり、その手軽さを活かして、スキマ時間でもトレーニングを行うことができるのです。
ちょっとした積み重ねでもあなたの持久力向上に貢献してくれるので、取り組まない手はありません。
貯金と同じで、短期間で効果を実感することはできませんが、少しの積み重ねが将来きっと大きな力となってあなたに戻ってくるはずです。
さあ、今すぐ呼吸を変えて、新しい自分に出会ってみましょう!